- 密蔵院多宝塔 春日井市熊野町3133
- 町時代の建物で国指定の重要文化財になっている。正式名は二重塔婆(とうば)で多宝如来を祀ったことからこう呼びならわされている。本尊の木造薬師如来立像も,国指定の重要文化財で,秘蔵として収蔵庫に安置されている。
- 二子山古墳 春日井市二子町2−11−5・6 味美二子山古墳は、春日井市で最大の規模を誇る、盾形の周濠をもった墳長95mの前方後円墳です。昭和11年に国の史跡に指定されました
- 白山神社古墳・御旅所古墳 春日井市二子町二丁目 墳丘の規模は、全長86m 前方部幅48m高さ5m 後円部径48m 高さ6.5m5世紀末の古墳と推定されている。
直径31m 高さ2.9m の円墳であり、円筒形埴輪を巡らしてあったといわれる。
- 内々神社庭園・社殿 〒480-0301 春日井市内津町 昔から武将の尊崇が厚く、豊臣秀吉の朝鮮役にも戦勝を祈願して、この社頭から軍船用の帆柱を伐り出したといわれています。
- 小野道風誕生伝説地 春日井市松河戸町946-2
三跡の一人、小野道風の偉業をたたえ、末永く後世に伝えるため、道風生誕の地と伝えられる松河戸町に開設したものです。全国でも数少ない書道専門美術館です。
- 麗花集断簡(道風記念館) 私歌集『麗花集』の断簡。元は粘葉装(でっちょうそう)の冊子本。「香紙切」の名は、料紙に丁字(ちょうじ)で染めた、いわゆる香紙を用いていることに由来する。
- 高御堂古墳 堀ノ内町字表91 古墳は、昭和26年という早い時期に市指定文化財(史跡)に指定されていて、当時は、5世紀中頃の前方後円墳として記録されていましたが、近年になり、前方後方墳と確認され、市内では唯一一つしかなく注目されるようになりました。
- 四つ建て民家(中央公民館) 春日井市柏原町1丁目97番地の1 稲作、住居、食生活の3つの分野の民具展示。四つ建て民家の実物(小林俊光邸)を屋外に展示。室内には別の民家の一部を移築している。尾張藩御浜御殿の門の実物屋外展示
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| 春日井市教育委員会 文化財課 0568−33−1113 |
| 犬山市 |
- 犬山城天守 犬山市犬山北古券65─2
- 元和3年(1617)成瀬正成の入城以来成瀬家が領有し、現在、全国で唯一の個人所有の城である。
- 如庵 愛知県犬山市御門先1
茶の湯の創成期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎が建てた茶室で、昭和11年に国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。
- 有楽苑
旧正伝院書院 愛知県犬山市御門先1 有楽斎が旧正伝院内に建てた隠居所で、内も外も実に簡素であり、内部の床構えも茶室風のつくりを基本としています。
- 旧西郷従道住宅始め13文化財(明治村) 木造総二階建のこの洋館は、明治10年代はじめ西郷隆盛の弟西郷從道が東京上目黒の「西郷山」と呼ばれた屋敷内に建てたもので、接客の場として設けられ、かつて明治天皇も二階バルコニーから天覧相撲を楽しまれたといわれる。
- 大縣神社 愛知県犬山市字宮山三番地 尾張開拓の祖神大縣大神を祀る当社は、古来より朝廷を始め庶民の崇敬篤く、尾張の二宮様として親しまれ、事業繁栄、開運厄除の守護神として仰がれております。
- 東之宮古墳 愛知県犬山市白山平(はくさんびら)山頂に位置する四世紀初頭の前方後方墳。木曽川を望む標高145mの白山平山頂に立地する。前方部を西方に向け、南くびれ部には「東之宮社(とうのみやしゃ)」が鎮座する。
- 青塚古墳史跡公園 犬山市字青塚22-3
青塚古墳史跡公園の最大の特色は、古墳本体の実物大復元です。芝の広場の中にある古墳を眺めていると、いつしか思いは古代へとタイムスリップします。
- ヒトツバタゴ自生地 国の天然記念物に指定されているヒトツバタゴの自生地は、本宮山の東山麓、池野の西洞にあります。モクセイ科の落葉樹で、5月中旬から下旬にかけ開花し、10メートル内外の高さになります。
- 天道宮神明社楼門 愛知用水沿いの道を歩いていますと大同メタルの工場の屋根越しにこんもりした森が見えます。これが天道さま、正確に言いますと天道宮神明社の森です。
- どんでん館 犬山市大字犬山字東古券62番地
どんでん館では、犬山祭で曳かれている愛知県有形民俗文化財である車山13両のうち4両を展示してあります。
- 妙感寺古墳 犬山市犬山字山寺7
成田山名古屋別院の真南約200メートルにある。京都本法寺の末寺で寛永17年の創立。日蓮宗で一翁山妙感寺、別に山寺ともいう。
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| 犬山市教育委員会 文化財課 0568−61−1800(代) |
| 江南市 |
- 曼陀羅寺正堂
- 日輪山曼陀羅寺は西山浄土宗に属する寺院で、通称「飛保の曼陀羅寺」と呼ばれています。西山浄土宗の古刹で尾北地方における最も格式の高い霊場です。
- 円空仏十二神将像 十二神将は、薬師経を信奉する者を守る十二の夜叉神で、薬師如来の従者であるとされ、またその化身であるといわれます。
- 宮後八幡社本殿 江南市大字宮後 寛永元年(1624)9月に徳島城主蜂須賀家政が再建したものです。古い棟札に「奉建立八幡宮御本社並釣殿拝殿共ニ大旦那ハチスカノ庵様、寛永元年9月28日」と書いてあります
- 富士塚の碑 富士塚の碑は、南山町東22番地、県道小口岩倉線の東、高さ6.5メートルの塚の上に立っています。
- 鋳鉄地蔵菩薩立像(常観寺) 常観寺境内の地蔵堂に祀ってあり、一般に「お釜地蔵」といわれています。
- 木造阿弥陀如来坐像(大仏殿) 本尊の阿弥陀如来像は、中島郡小信中島の吉田世良方へ売却され、のち丹羽郡小折村(現布袋町南)の駒田勇女が更に譲り受け、この地に小堂を営み、明治7年旧7月13日、入仏式を行い、生涯供養を続け今日に至ったものです。
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| 江南市教育委員会 生涯学習課 0587−54−1111(代) |
| 小牧市 |
- 小牧山(小牧市歴史館) 小牧市堀の内一丁目1番地
- 名古屋市に住んでいた実業家、故平松茂さんが私財を投じて建設して、小牧市に寄贈したものです。安土桃山時代(16世紀後半)に建てられた国宝「飛雲閣」(京都市)をモデルに設計してあり、小牧山に城があった16世紀当時の面影を現代に伝えています。
- 西町の稲荷堂 小牧市農協の直ぐ北側にあり、元は名古屋市の建中寺(尾張徳川家の菩提寺)にあったものを、明治の初めにこの地に移築した。
- 岸田家 岸田家は、旧小牧宿の下之町にあり、江戸時代には苗字帯刀を許された旧家で、脇本陣としての役割をはたし、幕末には庄屋も勤めた。
- 熊野神社の五枚岩 岩崎山の南側中腹にある熊野神社の横手にあり、高さ数m 、厚さ0.7〜5m、奥行約10mに及ぶ高く突出した岩である。
- 切支丹灯籠(観音堂) 岩崎山南麓の故栗木栄三氏宅の庭の一角にあった織部形石灯籠で、火袋を支える石柱の中央部にふくらみがあり、十字の形を連想できる。
- 小松寺本堂 小牧市小松寺1121 天平勝宝年間(749〜757)に創健され平重盛の味岡荘時代に再興し、承久の変で焼失したという。今の本堂は明暦3年(1657)の建造で市指定有形文化財であり、見事な木造仁王像もある。
- 岩崎の清流亭の藤 小牧市大字岩崎148 清流亭の庭にあり、古くから藤の棚といわれ親しまれている。花房が
1.8mにおよぶものもあり、4月下旬の開花期には訪れる人の目を 楽しませてくれる。
- 高根遺跡 小牧市高根1-331 周辺には7〜12世紀の古窯跡が約百基確認されており、篠岡古窯跡群(しのおかこようせきぐん)と呼ばれている。陶器生産に関係する作業場跡ではないかと推定されている。
- 大山廃寺跡 小牧市大字大山411 白凰時代に創建され室町時代まで続いた山岳寺院跡で、寺域の最高所に塔の礎石が残るほか、山林の中に坊跡とみられる平地が多数分布している。
- 陶製宝篋印塔(福厳寺) 高さ4m程の志野釉の陶器でできた宝篋印塔である。天保7年(1836)に瀬戸の陶工、早梅亭が製作したが、明治24年(1891)の濃尾大地震で倒壊した。現在のものは、明治33年に再建された。宝篋印塔に供えられている香炉も陶製で天保6年の銘がある。
- 宇都宮神社古墳 小牧市小木3-226 宇都宮神社境内にある古墳は、古墳時代前期(300〜400年頃)の尾張地方最大級の古墳の一つである。
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| 小牧市教育委員会 文化振興課 0568−76−1189 |
| 岩倉市 |
- 大地遺跡 岩倉市大地町野合
- 木曽川が形成した犬山扇状地の先端にできた自然堤防上、標高7.5mに位置し、尾張平野の弥生文化を究明していく上で非常に重要な遺跡です。
- 鳥居建民家 昭和30年の町史編さんの際に発見された民家です。外観は、わらぶきの平屋建入母家造りで、柱と梁との組み方が神社の鳥居に似ていることから鳥居建と名付けられています。
- 岩倉城跡 岩倉城主は、織田信安・信賢で、信長と反目しあい、永禄元年(1558年)、両者は浮野で戦い、永禄2年(1559年)信長は岩倉城を落城させ、尾張の統一を果たしました。
- 山内一豊誕生地 山内一豊の誕生地碑は、一豊の父盛豊が「武運長久を祈って社を建てた」という由緒により、昭和9年に神明生田神社境内に建てられました。
- 井上城跡 井上城は、城というよりも館といった方が適当かと思われる館城で、簡単な防御と極めて質素な建造物で構成された館ではなかったかと考えられています。
- 新溝古墳 本町・新溝神社本殿下の小高い部分が新溝古墳です。明治のころ、この古墳上に奉られた新溝神社の社殿改築にあたって墳丘を整地したところ、この中から数個の巨石が発見され、ここが古墳であることが分かりました。
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| 岩倉市教育委員会 生涯学習課 0587−38−5819 |