ももたろうロンドンへ行く!                                                日本経済新聞より抜粋

英語版人形劇「ピーチ・チャイルド」を上演中 アナ・ファーズ
日本の昔話「桃太郎」が英国でも人気と言ったら、読者のみなさんは驚かれるだろう。
私は英国で「桃太郎」を人形劇向けに脚色した。
英語版「桃太郎(ピーチチャイルド)」は、ロンドン東にある人形劇場
「リトル・エンゼル・シアター」で上演中だ。

地球レベルの物語に
「桃太郎」は年齢を問わず幅広いファン層を持つ。よん4歳から小学生を対象に書いたのだが、
喜ぶのは子供だけではなかった。ある年配の英国人カップルは「これで5度目」と言って、
劇場関係者を驚かせた。
 魅力はこの物語に隠された「親離れ、子離れ、旅路、戦いと勝利、家路」という主題にあるようだ。
それは人間が直面する永遠の課題でもある。
 私の脚本の狙いは「桃太郎」を日本の昔話として伝えるのではなく、地球レベルの物語にすることだ。
だから、桃太郎人形の顔をわざと国籍不明にした。日本的でもない習慣も織り込んだ。おばあさんが
桃を切る時、「クリームと一緒に食べよう」と言わせたり、桃太郎の元服には15の数字を大書したバー
スデーケーキの映像をスクリーンに映し出したりした。
 教材になるよう、環境問題にも触れた。大きな桃を見たおじいさんが「季節はずれの桃、この大きさは
異常」と言うことで、遺伝子組み換え問題を示唆。鬼征伐では鬼が環境破壊をしているように設定した。
鬼が降参するときは、地球を上手に管理するための英知が入った箱を桃太郎に渡す。
 日本の伝統芸能「文楽」からもヒントをもらった。文楽をまねて大型の人形を作ったが、人形遣いをどう
訓練するかは知る由もない。考えたあげく自分自身の健康法として長年実践している太極拳をキャスト
全員に教えることにした。桃太郎、おじいさん、おばあさん、犬、猿、キジの人形遣いは、私と一緒に連日
太極拳に励んだ。そしてついに人形を抱えながら動けるようになった。

子供の時に本で知る
まねをするだけでもひんしゅくを買うのに、ルール違反まで犯した。黒子の頭巾を取り払ってしまったのだ。
約20年前にパリで初めて文楽を見た時、魂が人形に乗り移ったかのように演じる黒子に感動し、その
表情を、この目で確かめたいと思ったからだ。日本へ行ったことさえない、無知な英国人ならではの無謀
な試みと、お許しいただきたい。
 私が「桃太郎」に出会ったのは7歳か8歳の時のクリスマス。母の友人がオックスフォード出版の英文
「日本の昔話と伝説」という本をプレゼントしてくれた。本にはたくさんのお話が収められていたが、今覚え
ているのは「桃太郎」だけだ。
 この話が自分にとって大切なものになったのは、結婚してからだった。33歳で俳優である夫と結婚した
が、長い間、子宝に恵まれなかった。不妊症の診断を下された時は既に39歳。あきらめきれず治療を
受けたが、医師からは「成功率は3%」と言われた。幸運なことに2度目の治療が成功、42歳で無事
に女児を産んだ。
 同じように不妊の悩みを抱える人々を励まそうと、科学的な調査をふまえたハンドブックを執筆してい
た時、ふと「桃太郎」の話が脳裏を横切った。なぜ思い出したのかと不思議だ。本棚を探すと、懐かしい
本が見つかった。

自分の半生と重なる
もう一度読んで驚いた。自分の半生を見た思いがしたのだ。「川から拾った桃から赤ちゃんが」という話
から、養子縁組や治療という恵みを通して、家族の愛の輪が広がることのすばらしさを再認識した。
早速ハンドブックの始めと終りに「桃太郎」を引用した。それは、こんな下りだ。
 桃太郎「不思議なご縁で、あなたの子供となりました。感謝しています。お二人のご親切は空より
も広く、その愛は私を運んだ川の流れよりも豊かです。
 おばあさん「桃太郎を待つ間は一刻一刻が永遠のようだった。でも帰ってきた今は、あの気の遠くなる
ような時が、朝の翼よりも速く飛んでいく」
 娘ニーナは今、6歳になった。成人した時、どういう経過を踏んで生まれてきたのか教えてあげたいと
私は思う。「桃太郎」は彼女にささげるために書いた。そして、私の心の奥底から、無意識のうちにも私
を励まし続けてくれた。いつか日本で上演できたら、すてきだ。(劇作家)