犬山周辺カメラ撮影ガイド   撮影及び文:青山松之(犬山市)
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(2)  寂光院の西国三十三観音石仏

 犬山市の東北部、木曽川左岸の継鹿尾山(八葉蓮台寺)寂光院は紅葉の名所である。東海自然歩道を兼ねる参道はすべて上りであるが、石段が整備されているので歩き易い。途中イロハモミジなど楓が多く、山桜も散在する。紅葉の季節はやや遅めで11月中旬から12月初旬でもよい。よい構図を選んで逆光で撮りたい。真っ赤な図柄だけでなく、緑、黄、赤三色染め分けも探したい。
   (寂光院のホームページはこの地域ホ−ムページ「犬山商工会議所」の中にあります。)

   
 
寂光院西国三十三観音石仏群        第33番華厳寺石仏裏面

 
西国三十三観音石仏との出会い
 5、6年前のこと、休憩所前から300余段の石段を上りきり、普通右側の本堂へ行くべきところ何となく左へ折れてみた。20メートルほど先に、高さ1メートル前後の石仏が並んでいた。石仏の肩や膝に紅葉が散って、「絵になる」風景と思えた。立像、坐像と数枚撮影し、あとでプリントを見ると、それぞれのお顔がなかなか良かった。もっと石仏をしっかり撮ろうと思って、それ以来何度も通うことになった。寂光院には子供のころから遊びに行っていたし、母の晩年には毎月18日に送り迎えしていたが、この石仏群には気がつかなかった。見えてはいたが、観る気になって観てなかったからだろう。
横に出来た石碑に「西国三十三観音 平成七年改修」とある。それまで山内各地に散在していた石仏が現在地にまとめられたのだろう。 石仏は横に11体、縦3列で並んでいる。よくみると、各石仏はかなり痛んでおり、特に問題は7体にお顔がない・・・自然に壊れたのでなく、人為的に削り取られているのである。いくつかに割られた石仏は接着剤でつないである。 明治初期の廃仏毀釈運動のせいだろうか。石仏の裏側に寄進者の名前が彫ってある。個人名もあるし、中本町、下本町、魚屋町、外町といった町名もある。城下町からはずれた、余坂村、栗栖村、鵜沼村というのもある。第三十三番谷汲山の裏面に「寛延三かのえうま庚午歳」とある。1750年で徳川家重の時代、約250年前に造られたとわかる。
(本堂東側に、もっと古い石仏・・・元禄15年とか享保7年があるが、お顔はやや磨滅している。)

 西国三十三所観音霊場はいずれも観世音菩薩を本尊とする由緒ある古いお寺で、和歌山、大阪、奈良、京都、兵庫、滋賀、岐阜の7府県に散在している。平安時代にかざん花山法皇が霊場巡りをされて以来今日にいたるまで巡礼が続いているわけであるが、時間と経費の関係で各地にミニ三十三観音が作られたのであろう。
 寂光院石仏の表側は、第一番那智山青岸渡寺の如意輪観音から第三十三番谷汲山華厳寺の十一面観音まで、それぞれのご本尊とご詠歌(花山法皇作と言われる)が刻まれている。一体ずつ特長のあるお顔がすばらしい。端正なお顔、威厳のあるお顔、可愛いお顔、あどけないお顔、憤怒のお顔、さまざまである。斜光で撮り、立体感を出すと特に素晴らしい。素材の石にコケやシミが付いているのもかえって風情がある。

寂光院石仏で見る7観音
 観世音菩薩は、世間の出来事を自在に観察し、救いを求める者の心に応じ、千変万化しながら衆生を済度するといわれる。あの世に往ってからでなく、現在、この世にいてわれわれを救ってくれるという現世利益のために、わが国だけでなく、中国やチベットでも多大な人気がある。
西国三十三観音には、7種類の観音が登場する。寂光院石仏からこれらをみてみよう。

   
聖観音(正観音)     21番 穴太寺

 観音の基本形で、顔が一つ手が二本の一面二ひ臂像、右手に蓮の花、左手にすいびょう水瓶をもつものが多い。宝冠には阿弥陀如来のけぶつ化仏がおかれている。聖観音は3体あるが、26番と28番のお顔が削り取られている。写真の穴太寺石仏のお顔は少年のようである。
21番 穴太寺 聖観音  

 
十一面観音   15番 今熊野観音寺  

 最初にあらわれた変化観音で頭部に11面(10面もある)のお顔をのせた観音像である。
頭部の前3面は慈悲面、左3面はしんぬ瞋怒面、右3面は狗牙上出面、後1面は暴悪大笑面、頂上は仏面であり、四方、八方に顔を向けて一切の衆生を救済するとされる。日本では奈良時代中頃から信仰された。この石仏は頭部の11面の一部が壊れているが、最も可愛らしいお顔である
  15番 今熊野観音寺 十一面観音

   
不空羂索観音   9番  興福寺南円堂

 不空は空しくしない(失敗しない)、羂索は動物を捕らえる網か綱のことで、悪や煩悩を縛って人々を救う意味とのこと。日本では天平時代から制作されたが、あまり増えなかった。三十三観音では南円堂の一体のみである。この石仏は蓮華座にけつかふざ結跏趺座した三面八臂像で、お顔はおだやかに微笑んでいる。
9番 南円堂 不空羂索観音  

 
千手観音    20番 善峰寺

 千手千眼観自在菩薩、略して千手観音はポケモンもビックリの変化仏である。唐招提寺には実際に手が千本の観音像があるが、一般的には42本が多い。手のひらにも眼がついている。「千」とは「無限」と言う意味で、救済の能力と手段を無限にもっていることをあらわしている。一体で千手と十一面両方もつ像もある。千手観音信仰は平安時代に盛んになり、西国三十三観音でも千手観音と十一面観音が過半数を占める。
この石仏は頭部にけぶつ化仏をいただいた端正なお顔である。
  20番 善峰寺 千手観音

   
如意輪観音   7番  竜蓋寺

 あらゆる願い事が意のままにかなう如意宝珠とどこへでも意の如く転がってゆく法輪を持つ観音様である。輪王座とよばれる右膝を立てた姿で蓮華座に座っている。6臂像が多いが、右の第一手は肘を曲げて手を頬に当てている。しゆい思惟手といい、衆生をいかに救済すべきかを熟慮しているという。弥勒菩薩のはんか半跏しゆい思惟像に似ている。財宝と智恵を与えるとして、熱心に信仰された。
 この石像は、若々しい青年のお姿である。
7番 竜蓋寺 如意輪観音  

馬頭観音     29番 松尾寺

 頭上に馬頭をいただき、顔は通常3面、眉間にタテ位置で第三の眼がみられる。手は2本か4本、8本もある。お顔は観音像では唯一忿怒形で、手ごわい煩悩を駆逐するための激しく強い性格をあらわしている。奈良時代に伝えられたが、鎌倉時代以降、馬や交通安全の守護神となった。
 この石仏は怒りの表情よりも、悲しみの表情に見える。

 
  29番 松尾寺  馬頭観音

  准胝観音     11番 醍醐寺

 ヒンズー教の女神チュンディーからの音写で准胝となった。過去に無数の仏を生み出した仏母で延命や病気平癒、子授けなどのため信仰された。
 この石仏は、左上部と右下部が欠損しており、首の部分に接着剤が残っているが、お顔は清純な子供の表情である。

11番 醍醐寺  准胝観音  

(番外)
百衣観音(?)  22番 総持寺 十一面観音


 ある年の冬、雪の日に撮影にでかけた。写真のように、22番総持寺十一面観音石仏の頭部、肩、手などに新雪が積もっていた。これは「白衣観音」だなと思った。「法華経」には、観音菩薩が三十三のすがたに変身することが説かれ、そのなかに、楊柳観音や魚籃観音などとともに白衣観音がでてくる。中国の絵画でよく見かける画題である。

 
  22番 総持寺 十一面観音
撮影ガイド
建物内の仏像は、日本ではほとんどが撮影禁止であり、撮らないことにしているが、野仏や道祖神は撮らせてもらっている。寂光院西国三十三観音撮影の留意事項をのべてみたい。

(1)光
:  一番問題は、光を選ぶことである。夏はコントラストが強すぎるのでよくない。晩秋から早春の柔らかい光にしたい。周囲が山なので、早朝や夕方は光が当らないが、トップライトは平面的になる。午前か午後の斜光が、立体感がでる。太陽が低いので木洩れ日が一体ずつに当り、移動してゆく。よい位置に光が当った石仏を見つけたい.。一体の撮影可能時間は5、6分ていどである。

(2)器材:
 レンズは35ミリから105ミリ程度まで、ズームなら一本でよい。全身像は35ミリか50ミリでタテ位置で撮るが、隣の石仏がはいると後でトリミングしなければならない。パノラマサイズでタテ位置撮影でもよい。お顔などの部分撮影は、85ミリか105ミリが良い。ソフトフォーカスレンズも面白いかと思う。ベルビアなどの低感度フィルムでなければ手持ち撮影でよく、三脚不要である。